聞こえないからこそ、歌える歌がある。
「手話」を使って音楽を表現する子どもたち。

歌のチカラ

聴覚や視覚に障がいを抱えていたり、自閉症や発声に難のある子どもたちが、互いに力を合わせて音楽を表現する場として、1995年に南米ベネズエラで誕生した「ホワイトハンドコーラス」という団体があります。耳が聞こえなくても「音楽に合わせて歌を表現したい」という子どもたちの強い想いを、手歌(しゅか)という形で実現させてきました。活動を通して、障がいの有無にとらわれることなく、歌うことの楽しさを伝えています。日本でも「ホワイトハンドコーラスNIPPON」として活動がスタートしたのは2017年のこと。発足当時から芸術監督として関わってきたソプラノ歌手のコロンえりかさんに、子どもたちを大きく変えた「歌のチカラ」についてお聞きしました。

目次

聞こえなくても、見えなくても「みんなで歌いたい!」
その願いを叶えるために

「ホワイトハンドコーラス」がベネズエラで生まれたきっかけを教えてください。また、「ホワイトハンド」という名称の意味とは?

ホワイトハンドコーラスは、音楽の都と呼ばれる美しい街、ベネズエラ・ベルキシメトの音楽院で産声を上げました。そこは一時期公害によって、聴覚障がい者が増加した地域でした。耳が聞こえない方たちと一緒にまちづくりを進めていくなかで、音楽教育におけるコミュニケーションの方法を模索した音楽院の合唱の先生、ナイベス・ガルシアとジョニー・ゴメスが「ホワイトハンドコーラス」という表現形態を考案したことがきっかけです。「ホワイトハンド」は彼らが手話で歌うときに使う「白い手袋」から名づけられました。白い手袋は手での表現を最も美しく魅せてくれると同時に、音は出ないけれど音楽を表現するための“楽器”でもあるのです。

障がいを持つ子どもたちへは、どのように指導するのですか?

ホワイトハンドコーラスは、聴覚障がいの子どもが多い「サイン隊」と、視覚障がいの子が中心の「声隊」で構成されています。手話で歌を表現する「サイン隊」では、指文字の練習や顔の筋肉を動かすトレーニング、表情の練習などでウォーミングアップをしながら、歌詞の深い部分までじっくり読み解いて、解釈と表現のアイデアを話し合います。「声隊」は、合唱の練習の他、発声練習や点字で書かれた譜読みなどを教えます。その中で、音楽に合う表現を見つけ、手話の流れを振り付けのように決めていくのです。月に一度、2つの隊で合同練習をして、「目で見る音楽」と「耳で聴く音楽」の表現を高めていきます。

各国の言語によって手話も異なると聞きますが、世界共通のホワイトハンドコーラスはあるのでしょうか?

ホワイトハンドコーラスの手話歌で使う言語は、歌の歌詞に合わせています。たとえば、英語の歌詞だったらアメリカ手話、スペイン語だったらスペイン手話といったように。ただ、ベートーヴェンの第九のように普遍的な意味を伝えたいときには、国際手話1 を使うこともあります。ホワイトハンドコーラスNIPPONでは、日本のろう者に楽しんでいただくことを目的にしているため、日本手話をベースにすることが多いですね。

国際手話1
ろう者が国際交流を行う際に公式に用いるために作られた手話。
公的な国際交流の場の他、他国への旅行・交流などで意思疎通を図るために用いられる。

ろう者ではなく、日本語が母国語でないコロンさんが指導することに、難しさは感じますか? また、指導するうえで心がけていることがあれば教えてください。

いまはみんなも私の下手な手話に慣れてきてくれたので(笑)、手話で会話する場面もありますが、細かなニュアンスなどは手話通訳の先生やろう者の先生たちの意見を聞きながら、一緒に創り上げています。

心がけているのは、とにかく褒めること。そして、幼い子どもも含めて、みんなにリーダーを経験してもらうこと。リーダーとしての責任のある活動を通して、子どもたちが大人に大切な気づきをもたらしてくれたり、難しい話し合いをまとめてくれることもあるんです。一人ひとりが持つストーリーをみんなで喜べる環境は、あらゆる方向に学びが生まれて、とても刺激的ですよ。人と比べないこと、ありのままで向き合うことが大切だと感じています。

言葉にできないもの、言葉では足りないもの、歌にはすべてが詰まっている。
だから、歌いながらいこう!

ホワイトハンドコーラスに参加することで、子どもたちは変わっていくものでしょうか?

練習のときには恥ずかしがっていた子も、本番の舞台の上では堂々としていることが多く、いつも驚かされます。100回の練習より1回の本番で、子どもたちは劇的に変わるんですね。客席からの大きなエールを受け取ることで自己肯定感や責任感、積極性、自主性など多くのものが生まれて、変化する瞬間を何度も目にしました。私自身は、「どの子どもに障がいがあるかなんて忘れてしまうパフォーマンスだった」と観客のみなさんから言われたときが一番うれしいです。それは、子どもたちが「ホンモノの音楽」を客席に届けられた証拠ですから。

積極性や自主性が生まれると、行動も変わりそうですね。

そうですね。あるメンバーは、自分から新聞社の編集局長に手紙を書いてコンサートの取材を依頼し、子ども新聞の一面に載ったこともあります。一人ひとりの子どもが実に面白い視点を持って活動に関わってくれています。まずは、自己肯定感。ここからすべてがスタートすると思いますし、相手のことを想像するチカラが「創造」のチカラに直結していると感じています。多様な人が関わるからこそ、「Imagination(想像)」「Creation(創造)」「Innovation(イノベーション)」が有機的に起こっていく活動なのです。

ホワイトハンドコーラスがもっと周りに理解されるため、今後はどのような活動を予定していますか?

いつかは“当たり前”になることを目指して、子どもたちのふだんの活動をこれからも地道に支え、周囲にも伝え続けていきます。最近では、応援してくれる方々が絵本を作ってくれました。6分の読み聞かせムービー2 も作成して、公開しています。ぜひ、ご覧になってください。
今後は、業界を問わずにいろいろな方とコラボをしながら、インクルーシブの輪を広げて行きたいですね。カラオケでも手歌のビデオがあれば、声だけじゃなく手や体でも歌を歌えます。もし、第一興商さんと一緒に作れたらうれしいですね。日本中のろう者の方が喜んでくれるはずです。

読み聞かせムービー2
「ミルとキクとポッシボ」http://mirukikupossible.jp

コロンさんは日頃の活動を通じて、「歌のチカラ」を実感することがありますか? また、私たちが掲げる「Singing 歌いながらいこう」に共感いただけるポイントがあれば教えてください。

「歌のチカラ」は「人をつなげるチカラ」だと感じています。目が見えない子と、耳の聞こえない子。歩ける子と車椅子を使う子。おじいさんと子ども。遠い国の英雄と、ここにいる私たちがつながる。それが音楽のチカラです。過去も、未来も、すべて「いま」につなげて凝縮してしまうのが、音楽、そして歌が持つチカラだと思っています。言葉にできないもの、言葉では足りないもの。歌にはたくさんのチカラが詰まっています。だからこそ、みんなで、歌いながらいこう!

私たちはみんな、うたうたい! 聞こえなくても、表現できる!

ホワイトハンドコーラスで歌に親しんでいるメンバーの声をご紹介します。

耳の聞こえない方が、歌いたいと思うのはどんなときですか?

歌詞を読んで情景が浮かぶと歌いたくなります。ドラマや映画の主題歌、ミュージカルが多いです。あとはダンスを見て真似したくて、歌も覚えます。(Nさん)

ホワイトハンドコーラスで歌いたい! と思ったきっかけや理由を教えてください。

私は耳が聞こえないため人工内耳をしていますが、音楽は振動を感じて音を聞き取っています。振動を感じることができるとわかった時、振動でリズムを取って歌いたくなりました。歌詞の意味を考えてイメージを膨らませていると、ワクワクウキウキして歌いたくなりました♪(Kさん)

学校で手話ポエムの授業があり、歌を日本語で表すのではなく手話ポエムで表現したい。もし手話で歌いたいなら、ろう者のことを理解してからやるべきと思ったのがきっかけです。でも、社会がろうの世界を簡単に理解できず、困っているろう者もいます。ホワイトハンドをやり続けることで、ろう者への偏見を変えていきたいです。(Mさん)

ホワイトハンドコーラスに参加する前は、歌いたい気持ちをあきらめていたのでしょうか? 参加後は、どのように変わりましたか?

小学校はろう学校ではなかったので、みんなで歌う時にリズムを合わせることが難しく、口を動かしていただけということもありました。だから、ホワイトハンドコーラスの活動が日本でスタートして、みんなで歌えてすごく嬉しかったし、音楽の楽しさが味わえてよかったと思っています。いま、私が音楽を好きでいられるのは、ホワイトハンドコーラスでの活動のおかげです。(Kさん)